三井寺

十四番札所に行ってきました。

 

【長等山:三井寺(園城寺)】

三井寺 その1

Webサイト
http://www.shiga-miidera.or.jp/
宗派
天台宗
御本尊
如意輪観世音菩薩
開基
大友与多王
住所
滋賀県大津市園城寺町246
拝観料
500円
駐輪場所
四輪駐車場に適当に
四輪駐車場
有料があり

 

【ルート】

石山寺を出た私たちは、織田さんの待つ三井寺へ向かいました。

 

石山寺-三井寺間は、10キロもありません。

R422-R1-R161と通りますが、ところどころに案内が出ているので迷うことはないと思います。

 

到着すると、織田さんに携帯で「着きました!」と連絡。そして、合流。

携帯電話をひとり1台持つのが当たり前な現代であるからできることです。

 

携帯電話がない時代、初めての場所での待ち合わせは大変でした。

綿密に考えておかないと、会うことができません。

お互い、外に出てしまっていたら、ちょっと遅れるし!っていう連絡もできません。

 

いい時代となりました。

 

最近の若者が、自動車(四輪)、単車を買わない理由もわかります。

携帯で簡単に1:1の連絡ができてしまうのです。

以前は、1:1で話したければ、会いに行くしかなかったのです。

固定電話はあっても、電話では家族を経由しなければなりません。

場合によっては、家族がヨコにいる状態で話さなければなりませんでした。

 

ポンコツ自動車、ポンコツ単車で会いに行く人と、それを待つ人、

ふたりの空間に、高周波電波やSMTP(シンプル メール トランスファー プロトコル)による

デジタルな通信はありませんでしたが、

独自プロトコルで超アナログな『信頼』があったように思います。

 

携帯依存症の人が連絡を取り続けなければ落ち着かないというのは『信頼』の感受性の欠如でしょうね。

 

と書く私も、携帯電話を忘れて出かけたときに、

「今日は携帯電話忘れたし、携帯に連絡入れても返信できないよ!」と知り合いに携帯メールで

連絡しようとして、「あ。その携帯を忘れたんや!!」と気づく始末。

私も依存気味ですね。

 

まぁ、なんだかんだ言っても、いくら通信技術が進んでも、

会わなきゃできないことがあるっ! 🙂

みんな単車を買って、会いに行こう!!

ということで余談を終わります。

 

 

【三井寺(みいでら)】

門前に大きな駐車場があります。

四輪は有料ですが、二輪は適当に停めていいよ、ということでした

 

門前のレストランで昼食をとり、拝観を開始しました。

三井寺 その2

 

三井寺(園城寺)の名前は、三井寺VS延暦寺、三井寺VS平氏、三井寺VS豊臣秀吉など、

長い歴史と力を持ったお寺でしたので、歴史小説によく出てきます。

 

今まで西国三十三箇所を巡ってきて、織田信長がぶっ壊して豊臣一族が再興したというお寺が

何箇所かあったように思います。

 

信長が宗教勢力に鉄槌をくわえくれたので、

秀吉はその威光(やるときはやりまんねんで、という暗黙の脅し)で抑えることができただけで、

信長=怖い人、秀吉=いい人というわけではありません。

・・・詳しくは、『かなりしつこい逆説の日本史(11)戦国乱世編 朝鮮出兵と秀吉の謎 (小学館文庫)』を

お読みください。

 

ところが、この三井寺は秀吉がぶっ壊して、北の政所が復興させていますね。

延暦寺焼き討ちをした信長の政策を引き継いだ秀吉に従わなかったということは、

ミイちゃんも結構、強情だったのねぇと往時をしのぶことができます。

 

強情=権力が大きかったのは、現在の寺領を見てもわかりますね。広いです。

三井寺 その3

 

三井寺に行く前に読んでおくのをお勧めする本は、

あえて三井寺ができる前のお話、

です。

 

題名どおり、天智、天武天皇から愛されたという説※もある宮廷歌人、額田女王のお話です。

残り1/3のところくらいから、近江遷都から近江京でのお話となります。

 

※小説ではそうなっていますが、そうではないという説が現在は有力のようです。さてどうでしょう??

 

また、天智天皇と天武天皇も兄弟ではないという説があり、事実はどーなんだ?!

ということも興味はありますが、

小説は小説として、細かいことは抜きにして読んでいただければよいかと思います。

 

三井寺(園城寺)は、大友与多王(天智天皇の孫)によって、

父である大友王子(天智天皇の子)の菩提を弔うために建立されたと言われています。

その大友王子を壬申の乱で倒したのが、大海人皇子(天武天皇)です。

 

小説に三井寺自体は出てきませんが、三井寺建立に至る経緯はわかります。

在りし日の近江宮に思いを馳せながら、大津界隈を散策し、三井寺参拝をされてはいかがでしょうか?

三井寺 その4

(境内から琵琶湖を眺めることができます。晴れていたらきれいだと思います。)

 

三井寺参拝が終わった私たちには、

京都市山科区の番外札所、元慶寺という本日3つ目の課題があります。

 

山科区には天智天皇陵があります。

 

小説にはそういった話はなかったように思うのですが、

天智天皇が山科に出かけ行方不明となり、沓(くつ)が残っていた場所を陵としたという話があります。

これは、『相当しつこい逆説の日本史〈2〉古代怨霊編 (小学館文庫)』をお読みください。

 

 

天智天皇の通ったルートかどうかはわかりませんが、

私たちも山科の元慶寺へと出発しました。

 

 

旅はつづく。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です