観音寺

十五番札所に行ってきました!

 

~西国三十三箇所・自転車での旅 その1

 

【新那智山:観音寺(今熊野観音寺)】

観音寺 その1

 

Webサイト
http://www.kannon.jp/
宗派
真言宗泉涌寺派
御本尊
十一面観世音菩薩
開基
弘法大師
住所
京都府京都市東山区泉涌寺山内町32
拝観料
無料
駐輪場所
以下の記事をご覧ください
四輪駐車場
あるようです

 

【ルート】

ここからしばらく続く京都市内の巡礼を、車(四輪)では移動されるのは面倒だと思います。

単車でも同様です。

徒歩(京阪/地下鉄/バス)で廻るのがよいと思われます。

 

今回、私たちは自転車を車に積み込んで市内に上り、車はパーキングに停め、

自転車で旅を行いました。

本日の課題は、観音寺~清水寺~六波羅蜜寺です。

 

観音寺 その2

今回、一緒に旅をするのは、シンさんに加えて、松田さん、織田さん。

私はGIANTのSEEK R3(オン車)、シンさんはGTのオフ車、松田さんはYAMAHAの電動アシスト、

織田さんは折りたたみというバラバラなタイプの集団です。

 

シンさんと一緒に自転車でどっか行くなんて、中学生時代以来、約25年ぶりです。

25年、、、人間が生まれ、成人し、そして+αな時間です。

The Long And Winding Roadでありました。

 

駐車場から観音寺までの間に特に苦しい上り坂というのはありませんが、

泉涌寺通の最後のほうで少し角度のある上りが続きますので、

最初にはしゃいで力を使い切ってしまわないようにしておいたほうがいいと思います。

 

【観音寺】

四季折々に自然の美しいいとなみが見られる幽寂なる空間、熊野権現示現の伝説の聖地。東山三十六峰今熊野山のふところにいだかれて、今熊野観音寺は荘厳なるたたずまいを見せております。後白河法皇より山号を賜り、「新那智山」と称します。

観音寺サイトより

ということからも、西国三十三箇所一番目の那智山が、

当時の方々にとって重要な場所であったことが想像できます。

 

平治の乱は、平清盛がホンマの熊野詣に出ている最中に源義朝が挙兵したと言われていますし、

それ以外でも度々清盛は熊野に行っているようですし、

平治の乱の翌年には後白河法皇も熊野に行かれているということです。

 

そんな聖地・熊野を身近な場所に作っちゃえ!という発想ができるのも、

後白河法皇ならではと思えなくもないですね。

 

後白河法皇といえば、2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』でも重要な役割を果たすことと

なることでしょう。松田翔太さんです。

 

来年の大河ドラマに向けて、西国巡りをされていない方も観音寺から六波羅蜜寺辺りの

散策をされて予習しておくのはいかがでしょうか?

 

枕カバー

なぜか観音寺には枕カバーが売られていました。

(観音寺の私の最大の印象は枕カバーでした。。。)

後白河法皇が、持病の頭痛をここの今熊野観音が治されたということから、

頭痛封じや頭の観音様とされ、枕カバーが売られているのだそうです。

 

平安時代末期の後白河法王に絡む出来事を考えれば、まぁ頭痛くらいするわなぁ

と思います。

 

源頼朝に「日本国第一の大天狗」と言わしめた方ですので、逸話もたくさんあり、

後白河法皇関連の本もたくさん出ています。

 

私は、清盛関係、逆説の日本史以外では、井上靖先生のコレを読みました。

 

後白河院に関わった方々が語る後白河院というお話です。

事前に後白河法皇について勉強しておかないと、ちょっとついていけない本かもしれません。

 

 

私としては、この本の後白河法皇がお気に入りです。

清盛vs後白河、かつ清盛と後白河の友情のお話です。

実際はどうだったのでしょうか?

NHKの大河ドラマでもどう扱われるのか、楽しみですね。

 

そんなことを考えながら、やっぱり枕カバーのことが気になりながら、、、

私たちは、次の清水寺へ出発しました。

 

 

旅はつづく。

 

 

 

余談として

今回、私は、15番 観音寺、16番 清水寺、17番 六波羅蜜寺と三箇所を巡りましたが、

自転車なら五箇所を廻ることは可能だと思います。

日程が許すならば、ゆっくりと廻るべきだと思いますが、

とにかく時間短縮を!ということであれば、この京都市内の五箇所を一気に済ませることは

できると思います。

私たちはだいぶ寄り道をしてしまったので、三箇所が上限でした。

詳しくは次の清水寺の記事をご覧ください。

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